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書籍・雑誌

2015年8月 6日 (木)

「クラウンタウンの死婦人」コードウェイナー・スミス

日本(の擬人化)を中心としたSF風の歴史フィクション

クラウンタウンの死婦人(原題:The Dead Lady of Clown Town)

 遠い未来における、ある惑星での人種差別に対する抵抗を描いた
小説というのが表面上の設定ですが、幾つか裏のストーリーがあり
ます。
 冒頭におけるジャンヌ・ダルク云々というのは正直いって作者の
真意を読者から遠ざけるためもののようにも取れますが、彼女も
日本もその最後に重なる部分もある(異端審問と東京裁判)ので
完全なミスリードというわけではありませんが、基本的にはやはり
日本という国が主役の物語であろうというのが僕の感想です。
そして彼女との共通点としてイニシャルがJ(Joan、フランス語だと
Jeannne,そして日本の英語表記:Japan)ということも深く関係してます。

 そのもっとも大きなテーマとして描かれているのが第二次世界大戦
前後の世界における人種差別、植民地問題です。

 主要な登場人物の殆どは国の擬人化です。そしてクラウンタウンという
名前のヒントになったのがアフリカのシエラレオネの首都フリータウン
の旧名称クラインタウン。
解放奴隷の入植地だったようです。

クラインタウン

シエラレオネ

 クラウンタウンの別称「黄と茶の通廊」(原文:the Brown and Yellow corridor)
の意味は黄(東アジア人)、茶(アフリカ~アジア~東南アジア人)
つまり、当時の植民地国、地域を表してます。
簡単にいえば有色人種ということです。
住人は勿論当時の植民地化された国の擬人化。
彼らが半獣半人として描かれているのは作者が彼らをそう見ていたから
かどうかは分かりませんが、宗主国の人達からはそういった見方、扱いを
受けていたということを表しています。
 

 ド・ジョーン(D'Joan)は日本の擬人化、長官達は連合国、クラウンタウンの
住人は第二次世界当時のアジア、アフリカ世界の植民地国の擬人化。
そしてエレインを黄と茶の通廊へと導くレディ・パンク・アシャシュ(Panc Ashash)
ですが、彼女については僕には分かりません。

 ハンター(Hunter)とエレイン(Elaine)は物語の中盤、ド・ジョーンと一体化
します。暗にハンターもエレインも日本であることを示しています。

 これはとりあえずハンターについてのみ書いておくと、
ハンターはその名前を分割する(Hun・t・er)ことで誰か
分かるかのヒントの一つになります。

・“Hun”は“反”。スミスは若いころ中国で暮らしていました。また6か国語に堪能
であったといいます。当然日本語の知識もかなりあったものと思われます。
・“t”は以前も触れたことがありますが、キリスト教の隠喩
・“er”は、僕の英和辞典によれば“動詞から名詞を派生し「・・・する人」
〔者〕の意:player,teacher....”とあります。

Hun    t       er
(反) (キリスト教) (人、者)

 つまり“キリスト教に反対する者”という隠喩、造語です。
漫画でハンターなんとかいうタイトルのものがあるようですが、恐らく
前述の隠喩を含むものでしょう。
また昔、「狩人」なんて名前の二人組の歌手がいましたが彼らも
そういった意図をもって命名されたのかもしれません。

 これだけでは分かりませんがもう一つのヒントにエレインによる
ハンターの観察に“左腕に古い創傷の跡”というのがあります。
なにかというのは下記リンク先を読んでください。

桜田門事件

冒頭で触れられる歌「高い竹」の原文は“The Big Bamboo”
これは余り自信がありませんが、
で触れられてる“お印は若竹”と関係があるのかなと現時点では
考えてます。

 これらの例のようにかなり遠回しな表現で第二次世界対戦当時
の出来事が語られてるので、これは何時のことで何の出来事なの
かがとても分かりにくいですが、所々にヒントがあるのでそれらを
注意深く読み解いていけば分かる部分もあるかと思います。

 例えばジョーンの体を大きくした後のある部分、
ジョーンが話し出した。声も体にあわせて大人びているが、その芯
にあるのは、十六時間前(まるで十六年前のような気がする)
など全編にわたって小さなヒントがちりばめられています。

上海事変

満州事変

クーリー(苦力)
https://ja.wikipedia.org/wiki/苦力


フライング・タイガース
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%82%B9

※攻撃は日本軍の真珠湾攻撃より後だが、物理的行動はそれ以前から始まっている。
  つまりアメリカは中国軍に偽装し、真珠湾攻撃前に日本へ開戦していたという見方も
  できることになる。

 クラウンタウンの住人がどの国に当たるかを知るのは色々と
難しいですがこの辺をよく読めば少なくともクロウリー(Crawlie)
がどの国なのか分かるのではないでしょうか。

 ジョーンが受けた火あぶりは何かというとロード・フェムティオセクスの
次の台詞の中で暗示されています。
動物よ、審理は終わった。お前の罪は大きい。~中略~すでにお前は
二度の死刑宣告をうけているので~

そして今日、8月6日が最初の死刑宣告の日です。

 そして「火あぶり」は今なお続いてます。
日本は独立回復と同時にアメリカに生贄を差出一部の日本人を使い
火あぶりを始めました。世界中の多くの人間もまた同様に火あぶりに
参加してます。
今までに、ある一族が国によって弾圧、断絶されたことは数えきれない
ほどありますが、世界の多くの国の権力者、一般人がそういうことをす
るのは未だかつてないことですが、現実は70年近くそれが続いてる状
態です。
日本政府は国民にそれを隠し続けたままです。
そしてこういうことをしてる連中が偉そうに人権だのプライバシーの尊
重だの愛だの自由だの世界平和だのを語り、歌い、演説をぶってるの
が今の世界です。
勿論この小説の作者であるコードウェイナー・スミスもそういった連中の
仲間です。

 作者のコードウェイナー・スミスは当時はアメリカ軍の一人として、さ
らには重要な役割を担っていたようなので、彼や軍人関係者しか知
らない事実も含まれているかもしれません。

 日本人としては一部の表現に若干しらける部分もあるとは思いま
すが、敵国の軍人として日本と戦った人物がこのような内容の小説
を書いたことに驚くのではないでしょうか。
ただ、作者自身の本音がどこまで反映されているのかは正直分かり
ません。
それでも当時の歴史を知るうえではとても興味深い内容の作品だと
思います。
SF、歴史、推理小説、どれもが好きな方にお勧めです。

 そして他の欧米人の小説、発言から分かることは、彼らが公の場で
語る「愛」は偽善、優越感、欺瞞、自己保身、こういったものから生ま
れたものであることです。
では日本人の語る「愛」のほうがより優れているのかというとこれもま
た僕にはウンザリするようなものなのでどっちもどっちといったところ
でしょうか。

 スミスの父は孫文の法律顧問、そして自身はケネディ大統領の顧問
を務めていました。SFには興味はないがそういう人が書いたものなら
読んでみたい、という人も世界の近代史を調べつつ読んでみれば楽し
めるかもしれません。

 ただ相変わらず絶版中のようで、それが非常に残念でなりません。

コードウェイナー・スミス

塩の行進

関連記事
中江兆民「三酔人経綸問答」

コードウェイナー・スミスは宗教の信仰者じゃなかった
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2015年5月25日 (月)

『国士 内田良平』 監修者代表・中村武彦

 

 大正十三(1924)年、排日条項を含む新移民法案が米国議会(下院)で
可決された。~中略~そしてこの時点でアメリカに居住する東洋諸民族
(支那を含む)の移民は全て法的に規制された。
 当然、日本国内は憤激する。5月31日には「亜米利加合衆国国民ニ訴フ」
との一書を認めた烈士が、赤坂米国大使館脇の邸内にて抗議の自決を
行うという事件が起こる。この無名烈士の遺骸は黒龍会が申し受けて通夜
を行い、さらには良平が弔祭委員長となり葬儀を執行したが、参列者は三
万人にも及んだという。

                   ― 『国士 内田良平』 第五章より ―”

 

黒龍会(Black Dragon Society)

 

 黒龍会は内田良平により1901年に結成され、当初はロシアの南下政策
に対する国内外での多様な活動を行っていたという。
P5250200_2

 

 内田良平も頭山満と同様に「右翼」の形容が付きまとう人物で、実際その
定義に当てはまるところも多々あるがやはりその形容に収まらない幅広い
活動を行っていたのがこの本を読めばよく分かる。

 

 天佑侠での朝鮮半島での活動やその後の朝鮮と日本との対等な合邦へ
向けての活動、孫文、その他アジアの独立運動家への支援活動、国内での
純正普選運動等々、教科書では教わらなかったことが分かり、これを読めば
歴史の見方が大きく変わる人も多いかもしれない。

 

 個人的には皇室あっての日本という考え方、宗教団体との関わりといった
部分は受け付けられないが、やはり教科書に載せるべき人物の一人である
ことに変わりはない。

 

 情報の出所の記載はないが、太平洋戦争終戦時、すでに亡くなっていた
内田良平がGHQによる民間人の戦犯指定の最初の人物だったという。
それだけ恐れられる、憎まれるというのもやはりこの本を読めばよく分かる。

 

 余談だが、僕の母方の祖父母の名前の最初の漢字は二人とも「良」、そして
その子供、長女(叔母)の名前は「良」の読み方を別の漢字にあてた名前、
次女(僕の母)の名前の最初の漢字は「祐」、天佑侠は当初「天侠」と新聞等
で表記されていたという。
そういったことからやはり玄洋社と同じでもっと早く知っていたらとの思いが
強い。

 

 祖父母は僕が中学に入る前に二人とも亡くなっていて二人の記憶も殆ど
無いけれど、母が時々祖父のことを話してくれて、東京に住んでいたころは、
コロムビアのレコードプレス工場で働いていて、ナット・キング・コールと野球が
好きなとても優しい人であったという。
もっと長生きしてくれていたら、名前のことは偶然なのか関係があるのか聞けた
と思うととても残念だ。

 

 内田良平や頭山満、あるいは玄洋社、黒龍会が主役、テーマのドラマや映画
はいつ製作されるのかと思うと、これは当分無理だろうなという人は多いだろう
けど本当は彼らを主題にした映像作品を作りたいと思っている人は多いはず。
早く彼らの願いが叶うような日本になって欲しいが、やはり当分は無理だろう。
今作られてもあちこちの国々に要らない配慮をした酷い作品にしかならないから
急げとは言わないけれど、なんだか色々ともったいない。

 冒頭の引用に関する件ですが、黒龍会は1919年のパリ講和会議での日本代
表の人種差別撤廃法案の提出に関わっている記述もある。
忘れただけかもしれないが、これは学校では習った記憶がない
もしもこれが歴史の教科書に載ってないとしたら、戦後、国民に隠して行われて
いる残酷非道極まりない活動が影響しているのかもしれない。
「人種差別反対と言ってるがお前の国には部落差別というものがあるじゃないか」、
というあてつけのようなものが「何か」の原因の一つのようにも思える。

 制度としては明治時代で無くなっているが、差別自体は今なお残っている国で
人種差別撤廃より先に解決しなければいけない事ではあるが、政府がああだか
らもうこれは仕方がないのか。
根本的な解決のためには制度の改正より人々の認識を変えることが重要だが
国として問題に真正面から向き合ってるように見えないし、やる気もないのだろう。

 なお、この法案は賛成多数にも関わらず、議長である当時のアメリカ大統領
ウィルソンにより否決されてしまう。

 ジョン・ケールの1973年発表のアルバムタイトル曲「Paris 1919」はこの件に関
する歌。歌詞にあるWilsonは勿論、ウィルソン大統領のこと。

 

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2015年5月20日 (水)

『玄洋社 封印された実像』 石瀧豊美

 玄洋社は頭山を司令塔として、アジアへと活動の場を広げていった。
韓国の親日派政治家金玉均との交際、アギナルドのフィリピン独立運動
への支援、孫文、黄興ら中国革命の志士の支援と革命への参加、インド
の独立運動家ラス・ビハリ・ボースをかくまったことなどはよく知られている。
これらは政府の意に反してなされた行動であった。
 隣の町へ行くような気安さで彼らは国境を越えていった。アジアをヨーロ
ッパと対立するものとして想定し、アジアの諸民族が一丸となってヨーロッ
パの侵略に対抗するという考え方、いわゆる“アジア主義”の立場からで
あった。
                 ―『玄洋社 封印された実像』 Ⅲより―

 玄洋社(英語表記:Dark Ocean Society)は19世紀後半に九州で設立され
日本の近代史において大きな足跡を残し、本来であれば歴史の教科書に
多く記述を割かれるべき政治団体ではあるけれども、第二次大戦直後に
GHQによる解散命令を受けた影響もあってか教科書ばかりかメディアでも
余り大きくとりあげらず、不当な評価を現在まで受け続けている、そんな
団体でもあります。
玄洋社の活動が活発であった植民地時代だからこそ生まれた思想、
“アジア主義”という言葉も今では印象の悪い、侵略主義と結び付けられる
事の多いものになっていますが、この本や他の玄洋社関連書物を読めば、
それも偏見、誤解のある見方であるということもよく分かります。

 僕も長らく玄洋社へよくつけられる形容、「右翼」、「国粋主義者の団体」と
いった言葉を鵜呑みにしたまま過ごしてきましたが、ここ数年のあいだに起
きた近代史への興味をきっかけに玄洋社について調べてみたところ、「右翼
、国粋主義者の団体」という言葉が全く的外れではないもののそういった枠
に収まらない多彩な活動をした団体であることを知り、もっと早く調べるべき
だったと後悔しているところです。

 この本のタイトルは今なお「右翼」、「国粋主義」あるいは侵略主義者といっ
た偏見、無理解な評価を受け続ける状況をなんとかしたいという思いからつ
けられたものだというのが読後によく分かります。
勿論彼らの活動全てが肯定できるかというと、そうではない部分も人により
少なからずあるのも事実かと思いますが、日本、アジアの近代史において
非常に重要な役割を担っていた団体であることは認めざるを得ないのでは
ないでしょうか。

 現在最も知られている彼らの活動は、主に19世紀半ばから20世紀初頭に
欧米諸国により植民地化が進められていたアジア各国の独立運動家、革命
運動家への支援活動がありますが、本書では玄洋社設立以前の九州の
状況、自由民権運動に深く関わる団体から国権重視の団体へと変貌する過程、
また国権という言葉に対する様々な解釈とその言葉が形容詞となって玄洋社
が語られることの問題点、疑問点などが語られています。
さらに所々で社員個人へ焦点をあてその活動、人物像が語られています。

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内容は大きく三つに分けられています。
Ⅰでは先ず城山三郎の小説『落日燃ゆ』の主人公、東京裁判で文官として
ただ一人死刑判決を受けた広田弘毅が玄洋社の社員ではないとかたられる
部分に対して、裁判時の証言記録、その他のソースを用いて反論しています。
その後も玄洋社に対する偏見、誤解からくる文献に対して反論をおこなって
います。
この部分を読むだけでも玄洋社に今なおまとわりつく「右翼」というイメージが
間違っていることがよく分かります。

Ⅱでは玄洋社の設立前夜から当時の(特に九州における)自由民権運動、
そして国権重視の団体としての活動、そしてGHQによる解散命令までが
基本的に時系列に沿いながら描かれています。
ただ時々挟まれる個人を焦点とした部分になると時代が遡ったりすること
も多々あります。日本の歴史に関する書物は元号と西暦の記述に統一が
見られないものが多いので数字が苦手な自分には若干読みづらいという
か時系列の把握が面倒な時がありますし、この本も若干そういった部分が
あります。
そういった部分はあるものの、本書内で一番長く充実した章になっています。
特に後半の中国の革命運動との関わりや、朝鮮の自主独立のための支援
活動は非常に興味深いものがあります。
戦前の日本人の大陸進出は侵略目的という見方が一般的ではあるけれ
ども、実際はもっと多様な要因が絡み合い始まったものであるということが
分かります。

Ⅲは前二章の総括的な内容の他、改めて数人の社員にスポットがあてられ
ています。

巻末には資料、玄洋社と関係の深い孫文が大正2年に来日時したときの
新聞記事や玄洋社関係の史跡一覧、社員名簿などが収められています。
 現在の玄洋社に対する世間の関心の低さの理由がどこにあるのか分かり
ませんが、このような状況が続いてるということは日本という国が戦後70年
経った今もアメリカ、GHQの強い影響下におかれた属国状態であるという
事実を示しているような気がしてなりません。
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2015年5月15日 (金)

辞書の折り目がどうなったか

http://qdbp.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/post-a6de.html

3月28日のブログに載せた辞書の画像
P32802002か月近くなってどうなったかというと、上部は写真を載せたためかほとんど変化は
ありませんが、下部に折り目が幾つかつけられました。
今回は折り目のつけられたページは開いてません。
P5150198.
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2014年11月 5日 (水)

安楽死制度をバチカンが批判

バチカン、米女性の安楽死批判 「自殺は良くない」

記事より

末期がんで余命半年を告げられた米国人女性(29)が安楽死

選んだ問題で、ローマ法王庁(バチカン)の高官は4日、「自殺は

良くない。手助けするのは馬鹿げたことだ」などと女性の選択

批判した。

 身近に病に苦しみながら亡くなった方がいる人は、日本にも安楽死制度
が必要であると感じている人が多いことが2ちゃんねるの関連スレッドを
読んで分かりました。自分もそう感じている一人です。

自分の意志で生まれてきたわけではないのであれば、せめて自分で死を
選択する権利は持っていたい。そう思う人は多いはず。
ただ、こういった制度は当然悪用される可能性も大いにあるので、十分な
議論と悪用されない高度で隙のない法案が望まれます。
そして現在の国会議員でこういった議論を公の場に持ち出している人が
いないようなのが非常に残念でなりません。

「聖人事典」(ドナルド・アットウォーター/キャサリン・レイチェル・ジョン)
        (山岡健/訳)
より

ラウレンティウス(Lawrence)
二五八年にローマで死去。~中略~
伝承によれば、教会の貴重品を手渡すようにという命令が町の長官
によってだされた時、彼は貧しい者や病人を集めて、長官に彼らをさ
しだした。「ここに教会の宝があります」と彼は言った。

 キリスト教に限らず宗教屋にとって貧しい人、病人はある意味「金の成る
木」であり続けているのは今も昔も変わりはない。
彼らの善意がお金や名誉抜きだとしても自分は決してそれを支持すること
はない。

馬鹿げた考え、行為をしているのはこの世を去った女性なのか、ローマ法
王庁の高官なのか、まともな人ならば分かるでしょう。
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2014年2月26日 (水)

「ヴァティカンの正体」 岩渕潤子

「ヴァティカンの正体」 岩渕潤子・著

Iwabuti

 今月刊行されたばかりの新書です。結論から言えば「タイトルに偽りあり」です。
タイトルに惹かれて購入した方の多くは僕のように「また無駄金を使ってしまった」
と後悔しているはず。

あと日本の報道等で通常使用される「バチカン」表記ではなく「ヴァティカン」

なのは検索逃れのためか本来の発音になるべく近づけたいのか意図が不明。

 内容の大半は宗教にあまり興味のない多くの人が想像する「ヴァティカン」とは
無関係の内容です。終章の終わり近くに言い訳のように次のような言葉がでてき
ます。

本書の目的はヴァティカンとカトリックの教えを知るための教養書ではなく、
少子高齢化が急速に進む日本の現状を鑑み、ヴァティカンに蓄積された
叡智を俯瞰して、時代の転換の契機となった宗教改革という、カトリック教
会における史上最大のピンチをチャンスに変えた慧眼を検証、分析して、
私たち日本人が少しでも前向きに未来を切り開いてゆくための参考にでき
ればというのが、そもそもの意図である。

 この言葉すら内容とかけはなれています。
著者は小学から高校までカトリック系の学校で教育を受け、欧米滞在の経験も
豊富なようですが、タイトルにおけるようなヴァティカンの「正体」、一般人には
知ることが出来ない彼らの活動や、世界、日本における見えない影響力、そう
いったことには一切触れられていません。

 唯一触れられているヴァティカンの暗部、ヴァティカン銀行についてもウィキペ
ディアに毛の生えた情報くらいの内容でしかありません。

 主な内容は、キリスト教の欧米における活動や影響をカトリックの歴史やポッ
プカルチャーにおける作品を引き合いに出し現代の目線から大雑把にキリスト
教社会語る序章、前述したヴァティカン銀行のスキャンダル、ヴァティカン図書
館の概要、キリスト教におけるラテン語の役割、聖書について、などと続きます。
この辺までは現代社会との関連も交えて語られますが、タイトルに沿った内容
とは言えません。

 3章にはいると今度は時代をさかのぼり宗教改革前からそこに至るまでの
概要です。ここまではまだヴァティカンと関係のある話題ですが、4章からは
タイトルとは無関係としか言いようのないイギリス王室の美術品の話、スティ
ーブ・ジョブズとアップル・コンピュータの製品とを強引に宗教へと結びつける
話、アンディ・ウォーホールに関する話題、クール・ジャパン批判といったヴァ
ティカンとは無関係な話題が続き終わりになります。

 全体的に宗教に対し中立的な視点で書かれているようにも見えますが、次の
ような文章も見られます。

現生の権力を放棄して、文化的な存在となったヴァティカンのもう一つの
重要な役割は、世界の紛争地域の問題について、あれこれ口をだし、難
民キャンプなどの悲惨な状況について祈ることだ。実際のところ、どれだ
けの具体的な効果が得られるかわからないのは国連とおなじようなもの
だが、教皇が世界で起きている紛争について「心を痛めている」と発言し
ても、テロリストが教皇の殺害を企てたりすることは、まず、ない。
 そういう意味で、現生の権力を失った教皇、文化機関と化したヴァティカ
ンの存在とは、正に向かうところ敵無しで、ソーシャル・メディアが発達した
現代において、その影響力は、はかりしれないほど強大なものになっている。


 著者の本音なのかやむを得ず書いた文章なのか定かではありませんが、こ
の文章だけでも自分は「この本はダメだな」という気持ちになります。
 新書を読むタイプの人が本の内容を鵜呑みにすることはあまりないとは思い
ますが、それでも一応鵜呑みにしないよう気を付けて欲しいと書いておきます。

 好意的に評価できる部分があるとしたら、宗教とはほとんど接点のない人が、
キリスト教に関する気軽に読めるエッセーとしては勧められるかな?という点
くらいです。著者の嗜好だと思いますが、美術に関する叙述が結構含まれてい
るので、そういった部分に興味があり、キリスト教にもちょっと知りたいと言う人
向きの本かな、というのが個人的な本書に対する印象です。

 とにかくヴァティカンの正体が知りたい人にはお勧めできません。本書はアマ
ゾンで購入したのでそっちに書こうとも思ったんですが、ちょっと長すぎるかな
という気持ちもあったのでこちらに載せることにしました。アマゾンでの☆評価を
つけるとしたら一つか二つになります。タイトルが別ならまた違った評価になって
いたかもしれません。
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2013年10月27日 (日)

エドワード・モースと進化論と宗教

「日本の歴史を掘る」/玉利 勲

 この本は絶版のようで、また基本的には縄文時代か
ら古墳時代辺りまでの遺跡の発掘記事を中心とした日
本史に関する本なので宗教とはあまり関係がありませ
んが、最初と最後のほうにほんの少し宗教に触れてい
る部分があったので紹介します。

 

 先ずは大森貝塚の発掘で有名なエドワード・モースに
ついて語られる一章から。

 モースは大森貝塚出土の人骨がいずれも短く折られて
獣骨と混在しており、しかも骨から筋肉を取り離しにく
い部分に人為的な切り傷があることなどを指摘、それが
ワイマン教授によって調査されたフロリダの貝塚人の食
人の跡と同じであるとして、大森貝塚人には食人の風習
があった、と書いているのである。モースはこの食人説
を報告書に先だって、一月に開かれた東大の生物学会で
報告し、その内容は同月十八日付の英字新聞「トウキョ
ウタイムズ」にも紹介されていた。もっとも、その食人
説も、日本人が人喰い人種であったと主張しているので
はなくて、大森貝塚人はある種の極限状況の中で人肉を
口にしたのではなかろうか、と示唆していた。だが、こ
れは、かねてモースの進化論に対し敵意をいだいていた
カトリックの宣教師たちに攻撃の口実を与える結果とな
った。

さらにこの後に引用紹介されている石川千代松氏の著書
の序文から宣教師の語った内容が分かります。

 彼らは色々の手段を取って先生を攻撃した。例えば先
生が大森の貝塚から掘り出された人骨の調査に依り其頃
此島に住んで居た人間は骨髄を食ったものであると書か
れたのを幸いに、モースはお前たちの先祖は食人種であ
ったと云うなど云い触し、本邦人感情に訴え先生は斯様
な悪い人であると云う様な事を云い触らした事もある。
併し先生だからとて、無論之れ等食人種が我々の先祖で
あるとは云われなかったのである。

 これ以上はモースの具体的な反論は載っていませんが
、宗教批判ともとれる言葉を若くして世を去った教え子
、松浦佐用彦氏の碑文に残している。翻訳も載っている
ので併せて紹介します。

A FAITHFUL STUDENT, A SINCERE
FRIEND, A LOVER OF NATURE.
HOLDING THE BELIEF THAT IN
MORAL AS WELL AS IN PHYSICAL
QUESTIONS “THE ULTIMATE COURT
OF APPERL IS OBSERVATION AND
EXPERIMENT, AND NOT AUTHORITY”
     SUCH WAS MATSUURA

                EDWARD S. MORSE.


忠実な学徒、誠実な友、自然を愛する士、物質的な問題と同様に、
精神的な問題においても “最後に判定を下すものは、訴えるべき
最後の場所は、権威にあらずして、観察と実験なり”との信念を維
持した。それこそ松浦君であった。

              エドワード・S・モース

“authority=God,religion”?

 石川氏の序文を読んだ後にこの碑文を読むと、モース
は本当は“権威”ではなく“神や宗教”と言いたかったので
はないか、そのように感じます。

 ダーウィンの「種の起源」の出版が1859年、東京大学
の発足が1877年4月、モースの来日が同年6月、偶然にし
ろ、進化論の支持者であったモースが発足間もない東大
で教授に任命された事は日本にとって幸いな事だったと
思います。

 個人的にはモースに関しては大森貝塚の人くらいの知
識しかなかったので、元々は海洋生物の研究目的で来日
したとか日本で最も早く東大で進化論の講義をした人な
どとても面白かったです。


 もう一つの宗教に触れている箇所は最後、五章の平城
宮跡の保存に尽力した棚田嘉十郎についての文章です。
以下引用

 1860年(万延元年)奈良県添上郡東里村須川(現、奈
良県須川町)の農家に生まれた棚田は町に出て植木商を
営み、やがて奈良公園の管理を任されるようになった。
そのころ、奈良を訪ねる人たちから、かつての“奈良の
都”の場所を聞かれることが多かったが、それに答える
ことはできなかった。当時はなだ草深い大地の下に千余
年ねむりをつづける平城宮跡について確かなことは何も
知られていなかったのである。それが棚田の目を平城宮
に向けさせるきっかけとなった。
~中略~
 棚田の活発な保存活動が始まった。奈良駅前の道しる
べの建設もそのひとつである。だが、私費を投じて奔走
の結果、やがて家産を傾け、土地も手放す事になった棚
田家では、文字通りカユをすする生活が続いた。ようや
く侯爵徳川頼倫氏を会長に奈良大極殿跡保存会が作られ
たのは1913年(大正2年)である。このときすでに、棚
田は栄養失調で失明に近い状態だった。そのような棚田
に甘言を弄して近づいたのが大阪の新興宗教団体・福田
海の一派だった。結局、かれらは自分たちの宣伝のため
保存運動を利用したのだった。欺かれたことを知ったと
き、責任を痛感した棚田はみずからその命を絶った。

 このように騙され不幸な最後を遂げた人は棚田氏の前
にも後にも沢山いるはずですが、それにも関わらず宗教
がなぜ今でも特別扱いされ、いろんな面で優遇され続け
ているのか僕には全く理解できません。

  福田海のWikiは去年まではあったはずなんですが、今日調べた
ところ削除されたようです。

福田海HP

japan-geographic.tv/okayama/okayama-fukudenkai.html‎

福田海  【ふくでんかい】

コトバンク

http://kotobank.jp/word/%E7%A6%8F%E7%94%B0%E6%B5%B7

 ここからは余談です。

 小学生時代に担任の先生に石器拾いに連れて行っても
らってから一時期よく滝沢の平蔵沢に石器拾いに行って
たこともあり、古代史になんとなく興味があったので、
上記の本はとても面白く読むことができました。
 集めていた石器は盛岡に5年ほど前にはあったんですが
いつのまにかなくなっていたので、多分家宅侵入の際か
病院に軟禁されているときに持ち去られたものと思います。
担任の先生は村上達夫先生といい「動物哀歌」という詩集で
有名な詩人の村上昭夫の実弟です。
現在は駐車場になっていますが、北日本銀行の西青山支
店の裏のあたりで銭湯屋を営んでいて、一度だけおじゃ
ましたことがあります。その時は世界一という大きな
リンゴが出された事を覚えています。
宿題をださなかったので好きな先生でしたが(笑)、今
振り返れば村上先生も創価学会員だったのかなと思う時
もあります。理由はいつかまた別の機会に・・・
それでも自分の中では今でも好きな先生として小、中、
高校、大学時代を通じて一番記憶に残っている先生です。

Oct27blog .

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2013年3月27日 (水)

大津いじめ自殺事件関係者の名前と創価学会と中国

まず最初に昨日の記事「ユーチューブの再生回数の表示」は僕のグラフの見方が
間違っていたようなので削除したことを記しておきます。

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 大津のいじめ自殺事件に関する掲示板で少し話題になったことに、加害者の
親族の名前があります。珍しい名前、女の子の名前に「魚」を使ったことに対する
意見が時々見られました。そのときのかきこみをいくつか貼ります。
また、書き込みは以下のスレッドで見る事が出来ます。

書き込み
1

2
3

4

5

6

7
8

 これらの書き込みを見た時にたまたまこの事件が発覚する数ヶ月前に読んだ
父の蔵書にあったある一文を思い出しました。以下引用。


目加田誠氏は、詩篇では魚は女を意味するから、~

引用ここまで。白川静 著「中国の古代文学(一)」117ページより

本書には他にも
「魚は女性の性的表象とされていたからである」171ページ
「魚はこの場合、祖霊の表象である。」173ページ
といった古代中国における魚の文学表現の方法についての言及が
見られます。

 大津の事件のものに関しては117ページと171ページで言及された
魚は女性の表象として使われたという部分を思い出しました。

 上記の引用文から考えると、上から2番目の画像にある書き込みに
見られる「中国の諺から~」という部分がこの名前の命名理由に一番
近いと思われます。
また女の子に「魚」という漢字を用いたのにも説明がつくんじゃないでし
ょうか。
少なくとも空海の幼名よりは説得力があります。

「マオ」という名前は今ならアイススケーターの浅田真央、もう少し前なら
元宝塚女優の大地真央からと言えなくもないですが、もともとは毛沢東
の英語、アルファベット表記「Mao Zedong」からとったのではないでしょうか。
そういえば海老蔵の妻の名前も「マオ」でしたね。

毛沢東(Wikipedia)

 そしてこの加害者は創価学会員という書き込みも多数みられました。
名前の由来と創価学会を考えると少しずつ何かが見えてくるような気が
します。


 命名に日蓮や法華経と直接関係する訳ではない中国の古典を由来
とするのは、おかしいと思う方も多いでしょうが、創価学会の会長であ
った戸田城聖や池田大作がペンネームとして妙悟空、法悟空といった
ものを使用していたことを考えれば、それほどおかしい事ではないこと
が分かります。
 2人のペンネームがきっかけかどうかは分かりませんが、創価学会
員の子供や創価学会員の関連組織、団体名は中国に関係するもの
が結構多いんじゃないでしょうか。もちろん創価学会員じゃなくても中
国の古典や歴史が好きで、その辺から自分の子供に名前を付けてい
る人もいる可能性はあるので、名前が中国に関係があるから創価学
会員と決め付けるのは無理がありますが、判断基準の一つにはなる
と思っています。
 これらのことは創価学会内部の人間の発言が無い限り説得力もな
にもありませんが、頭の片隅にでもおいておけばいつか自分の周囲
の人間から創価学会員を見つけ出す時に役にたつことがあるかもし
れない、またはそうなることを願ってここに記しておくことにしました。
Kodaibunngaku
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2013年1月15日 (火)

創価学会員を見分けるちょっと遠目からのヒント

 創価学会員を見分けるのは難しいですが、色々と調べていくうちに
少しずつ分かってきました。今回は分かりやすいヒントではないです
が、おおざっぱに的を絞る為のものとしては役にたつのではないかと
思います。以下引用。

    *****************

倶舎しう、侍人のくるやくるやとおもふまに
北斗の星をまぼりあかしつ

という珍しい歌がある。倶舎宗は仏教八宗の一つである。
 その後、時代が下るにつれ、北斗と北辰とは辞書・節用集や
俳書その他にも現れて、いよいよ人口に熟してきた。これには、
初め真言宗、後に日蓮宗の信仰が影響した事はいうまでもない。

~中略~

 近代及び現代には、ホクト、ホクトシ(ヒ)チセイの分布は
全国的である。これを静岡・群馬その他でホクトサマと呼んで
いるのは、ホクシンサマと共に、主として日蓮信者であると思
われる。

    *****************

引用ここまで

「日本の星 星の方言集」野尻抱影・著より

NojirihoueiWikiでは北斗七星関連の項目にこういった記述がみられなかったような気がします。
おおざっぱにしかチェックしなかったので見落としがあるかもしれませんが・・・
その他参考までに

北斗の拳

北斗晶

2012sep26hokutokeibi

 あとオマケで別の話題です。
先週の火曜日に車庫にこんなものが落ちていました。
道路際じゃなく奥のほうにあったのであきらかにわざと置いていったもの
と思われます。
 内容を斜め読みしましたが、親が子供に言い聞かせればいいだけの
話を、さもありがたいお言葉のように池田大作が話しているのが非常に
気持ち悪いものでした。こんなものを税込み100円で売るなんて、本当に
金集めが大事な団体なんだなという感じです。
悩みの相談を宗教家や占い師にするなんて本当に馬鹿げたことです。
100_0039
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2012年9月11日 (火)

有神論者、無神論者とは?

 5日の記事の補足として、リチャード・ドーキンス氏の著書「神は妄想である」か
ら無神論関連の用語法の説明文を引用してみます。

以下引用。

 有神論者(theist)は、そもそもこの宇宙を創造するという主要な仕事に
加えて、自分の最初の創造物のその後の運命をいまだに監視し、影響を及ぼ
しているような超自然的知性の存在を信じている。多くの有神論的な信仰体
系においては、神は人間界の事柄に密接にかかわっている。神は祈りに応え
る。罪を赦し、あるいは罰する。奇跡をおこなうことで世界に干渉する。善
行と悪行に思い悩み、私たちいつそれをおこなうかを(あるいはそうしよう
と考えることさえ)知っている。理神論者(deist)も超自然的な知性を信
じているが、その活動は、そもそも最初に宇宙を支配する法則を設定するこ
とに限定される。理神論の神はそれ以後のことに一切干渉せず、人間界の事
柄に特別な関心をもっていないのも確かだ。汎神論者(pantheist)は、超
自然的な神をまったく信じないが、神という単語を、超自然的なものではな
い<自然>、あるいは宇宙、あるいは宇宙の仕組みを支配する法則性の同義語
として使う。理神論者は、彼らの祈りに応えず、罪や懺悔に関心をもたず、
私たちの考えを読みとったりせず、気まぐれな奇跡によって干渉したりしな
いという点で有神論者と異なる。理神論者は、彼らの神が、汎神論者の神の
ように宇宙の法則の比喩的あるいは詩的な同義語ではなく、ある種の宇宙的
な知性である点で汎神論者と異なる。汎神論は潤色された無神論であり、理
神論は薄めた有神論なのである。

引用ここまで。

 東日本大震災以降は、マスコミ、特にテレビで“きせき、奇跡、キセキ”という
言葉をやたらと見かけるようになったと感じている方も多いと思います。

 僕には日本のマスコミを利用し、奇跡という言葉の連呼で国民に迷信を信じる
心を失わせないように必死になっている某カルト団体の姿が見える、、、ような気
がします。