2015年10月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

ウェブページ

無料ブログはココログ

« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »

2015年7月

2015年7月30日 (木)

組織的にストーカーをされている確実な証拠

ストーカーをされている確実な証拠

付近の歩行者、車はある規則に従って動いてます。
先ず一つ目は
・時計通りの時間に合わせ決められた時間に家の前、あるいは僕の撮影範囲を
 通過したり、停車、照明の点灯、ドア開閉などをしている。

二つ目は
・僕の撮影時間に合わせて決められた時間に家の前、あるいは僕の撮影範囲を
 通過したり、停車、照明の点灯、ドア開閉などをしている。
 特に、道路側の部屋、2階から撮影したものに関しては全てこれが、当てはまります。
 ただし、明日以降はやり方を変えるかもしれません。

三つめは
・線、マークがついてる部分といったらほとんど全てじゃないかという方もいると思います。
 しかしそんなことはなく、基本は赤線だが線、マークの付いている部分を全て車が
 通過したり、隣家が出入してる訳ではない。

四つ目は
・線、マーク以外の時間帯に通過している時もあるが、それは大抵僕の家の中での
 行動と関係があります。パソコンの動作に合わせたものは以前あっぷしてるので
 確認することが出来ます。パソコン操作以外にも色々ありますがそれを証明する
 までもなく、上の表のみの通過、出入等でストーカー行為の証明は可能であると
 僕は思ってます。

 一つ目は百歩譲って有り得ることと認め、さらにそれは僕へのストーカー行為と
無関係としても、二つ目の規則は確実に僕へのストーカー行為の証拠になります。
道路や、2階からの動画は多数アップしてるので比較検証には困らないと思います。
どのような規則で動いているかは下図をご覧ください。

Blog_2

 この表は2009年~2015年7月30日までに撮影した動画ほぼ全てに当てはまります。
赤線が良く通る時間帯です。
ただ今後も大きな変更はないでしょう。なぜならある程度規則正しく、あるいは僕の
行動にあわせて動かないと僕の印象に残らなくなるからです。
印象に残すには規則正しく動かざるを得ない。
よって今後も大きな変化はないでしょう。

 青のマークはその次によく通る時間帯で、7,8分台に関しては隣家の
出入によく使われます。3分台は歩行者や車の通過が多いです。

<31日訂正>
 そして33分のところにあるマークですが、これに関しては撮影開始から
の33分台、そして時計の時間、例えば5時33分、11時33分ということです。
<訂正ここまで>

 1時間も動画を見続けるのは面倒だ、ストーカーのシーンだけ見たいとい
う方は例えば動画の4~6分あたり、9~11分あたり、59~1時間1分辺りとい
ったように赤線の部分を見ていけばそういったシーンをすぐに見やすくなります。

 あるいは最初に時計が映ってる場合はこれまた赤線の辺りを見ればストーカー
監視のシーンをすぐに見やすくなります。


例として動画と表を載せておきます。

<31日追記>
・表を見る時の注意

 時刻と撮影時間両方載せてる表は分をまたがって通過する車や人に関し
前半の時間にしか印をつけていません。
また、5月7日の分には33分の印をつけ忘れてます。

括弧内の時間は映りだしから画面から消えるまでの撮影開始からの時間です。
<追記ここまで>

2_2

 僕の家の前だけでなく、カメラに映ってる道路を通過したものを全て載せてます。
非常に見にくいのでもう少し大きめのものを動画にして後日アップします。
25分前後と50分前後に不自然に空間が開いてるのも組織的に動いてる証拠の
一つになるのではないでしょうか。
興味のある方は上の表と対応するか確かめてみてください。

 この動画で分かるのは
・トラックは南隣と僕の監視を指示されている。

・トラックの運転手は南隣が帰宅して路駐したらなるべくタイミングを合わせ
 ドア開閉をするようしじされている。

・南隣は帰宅時間は指示されているが、自分もトラック運転手にストーカー
 されていることに気が付いてる。あるいは気が付いてるふりをして少し時間を
 ずらしドア開閉をしている。またトラックの運転手に対し怒っているようにも
 見える。
その他諸々です。

<31日追記>

2015年5月11日、12時22分から
突き当りのT字路を通過している車、人は確認し辛いので印を付けてません。

1222blog

.
.
.上の表の対応動画

2015年7月21日、午後6時6分から

 奥の十字路を通過してる車、人には印を付けてません。本当はそれらもストーカー

行為に関係があるのでつけた方がいいんですが、5月7日の表のように相当見づらい

表になると思ったのでやめました。66

上の表の対応動画


2015年7月27日、午後5時28分から
突き当りのT字路を通過している車、人は確認し辛いので印を付けてません。
528blog


上の表の対応動画

.

 次に撮影開始からの時間のみの表を載せます。

こちらは分をまたいだものは映ってる時間までオレンジの線を引いてます。
分をまたいでないものは水色の印です。
5月7日の分のみ発着時以外の車のドア開閉に黄緑の印をつけてます。

 あと、分かりやすく、見やすくするために印をつけたのは家の前を通過した
車、人と隣家の出入のみです。


5月7日
2015575月11日
2015511
7月21日
2015721_2
7月27日
2015727
 上4つの表から分かることは、5月11日、7月27日のように区切りのいい時間から
2分以上ずれると時計の時間、撮影開始からの時間との通行者、車、隣家の出入
の差があまり無くなることです。

 時刻と撮影時間の両方を載せてる表を見ればわかりますが、5月11日と7月27日
は赤線が全ての時間にかかってしまっています。この辺がそうなってる原因かと思
います。つまり、偶然ではなく規則に従った人、車が通過している証拠です。

 2つずつではサンプルが少ないと思う方は他のアップロード動画をチェックしてみて
ください。
同じ結果になるはずです。

<追記ここまで>

.

.

.

.

2015年7月26日 (日)

中江兆民「三酔人経綸問答」

 

 

105_0293_2

 この本は出版当時(1887年)の世界情勢や日本の国防、経済、教育の進めるべき方向を
主に二人(洋学紳士君、豪傑君)が論じ、それを南海先生が評価、総括するといった内容
で、当時の日本や世界の情勢を垣間見ることのできる興味深い本です。

 

 読む前に当時は植民地時代で、フィリピンはスペイン領、台湾は中国(清)領、朝鮮は
中国の属国状態、ベトナムはフランス領、中国(清)もすでに香港、マカオを奪われ
植民地化が進行中、日本は欧米との不平等条約改正前であったことを頭にいれておくと
理解しやすいです。本文は短いです。現代語訳、原文両方あり、現代語訳ならば中学生
でも十分読み通せるかと思います。

 

世界、アジアの情勢は次のように度々触れられています。
プロシアとフランスの軍隊が、ひとたびヨーロッパの平原で交戦するならば、
ロシア軍はすぐさま砂を蹴たてて東方にあふれでるでしょう。もしこうなれば、
プロシア・フランス戦争の禍いはヨーロッパ大陸に限定されず、アジアの島
々もまた戦火のとばっちりを受けずにはすみませんし、イギリス艦隊に奪わ
れ根拠地にされるのは、たんに巨文島だけではすまなくなるに違いありま
せん。要するに、プロシアとフランスとはヨーロッパでせりあい、ロシアとイギ
リスとはアジアに進出して優位を争う、これが今日の世界の大勢です。

巨文島事件

 

 洋学紳士君、豪傑君の主張を簡単に言えば、前者は理想家の民権派、いわゆる左翼
と評される思想、後者は保守とか右翼と呼ばれるタイプの思想を展開します。

 

 著者の中江兆民は基本的に前者の側の代表的な思想家として紹介されることが多い
ようですが、5月25日で紹介した「国士 内田良平」では黒龍会の賛助会員として名を連ね
ていることが記されており、右寄りの思想も無かったわけではないようです。
「国士 内田良平」

 

 国防に関する洋学紳士君と豪傑君の持論の一部を引用します。
 先ず洋学紳士君
私の願いとして、私たちは武器ひとつ持たず、弾一発たずさえず、静かに言いた
いのです。「私たちは、あなたがたにたいして失礼をしたことはありません。非難
される理由は、さいわいなことに、ないのです。私たちは内輪もめもおこさず、共和
的に政治をおこなってきました。あなたがたにやって来て、私たちの国を騒がしく
していただきたくはありません。さっさとお国にお帰りください」と。彼らがなおも聞こ
うとしないで、小銃や大砲に弾をこめて、私たちをねらうなら、私たちは大きな声で
叫ぶまでのこと、「君たちは、なんという無礼非道な奴か。」そうして、弾に当たって
死ぬだけのこと。

いわゆる非武装無抵抗主義的な意見です。“あなたがた”とは当時アジア各国を
植民地化していたヨーロッパ諸国のことです。

そして豪傑君は

アジアだったか、アフリカだったかちょっと度忘れしましたが、大きな国がひとつ
ある。その名を度忘れしたのですが、とても広く、とても資源がゆたかだが、一面
とても弱い。聞くところによると、その国は兵隊は百万以上あるけれども、乱雑で
無統制で、いざというときの役に立たない、とのこと。聞くところによると、この国
は、制度があってないようなものだ、とのこと。つまり、よく肥えた大きなイケニエ
の牛なのです。これは天が、多くの小国の腹を満たしてやるために、エサとして
与えたところのもの。なぜさっさと出かけていって、半分、あるいは三分の一を
割き取らないのですか。~中略~われわれがすでに大国を領有し、土地は広く
人民は多く、軍隊は強く、軍艦は堅固で、いよいよ農業をすすめ、いよいよ商業
を盛んにし、いよいよ工業を補助し、いよいよ立派な政策を実施する。そうすると
、わが政府は財政がゆたかになるので、それでもって欧米の文明の成果を買い
取り、わが人民の財政がゆたかになるので、それでもって欧米の文明の成果を
買い取るならば、かのイギリス、フランス、ロシア、ドイツなどが、いかに鼻息あら
くとも、もはやどうしてわれわれを侮ることができるでしょうか。
といった意見です。
名前を度忘れした大きな国とは清のことで、兵隊が無統制云々といった部分は
この本の出版の前年におきた長崎事件のことを指しています。

長崎事件
https://ja.wikipedia.org/wiki/長崎事件

これらの意見にたいする南海先生の意見として
わがアジア諸国の兵隊は、それで侵略するには不十分だけれども、それで
防衛するには十二分なのです。だから平生から教育し、演習して、士気を盛
んにしておくならば、どうして防衛できなどという心配がいりましょうか。どうし
て紳士君の説のように、なんの抵抗も試みないで殺されるのを待っている必
要がありましょうか。どうして豪傑君のプランにしたがって、隣国の恨みを買
う必要がありましょうか。
というものがあります。

 実際の日本はこの40年ほど後に豪傑君のプランのように清の東北部に満洲国を
建国し、多くの隣国から恨みを買う結果になったのは学校の歴史の授業で既にご
存知かと思います。

 ただ今の教科書と違うのは、大陸進出の元々の理由は国防のためで、侵略のた
めでは無かったということです。元々満洲へ日本人が多く出ていったのは南下す
るロシアの脅威を防ぐという目的でした。
現在の日本の歴史教育を「自虐史観」として批判する人の多くが強調する論点の
一つにもなっています。

 アメリカとの戦争に限って言えば、アメリカが東進しハワイを併合し、フィリピン人
を騙しその領土を奪い、中国での利権にたいする触手を伸ばしさえしなかったら
起こりえなかったことだと言えるでしょう。
悪いのはどちらかなのかは言うまでもないが、何万年も前から殺し合いに勝った方
が善とされる人間の世界では通用しない意見であるのもまた事実です。

 中国に関していえば、彼らが最初に排除すべき相手を間違ったのが混乱が長引
いた原因の一つであるでしょう。
抗日気運の盛り上がりの陰に欧米諸国の陰あるのに気づかず、植民地化を防ぐ
仲間となりえた日本を最初に排除しようとさえしなければもう少し時間はかかった
かもしれないが、アジア各国は戦争の被害をもう少し抑えて独立が出来たかもし
れません。
そして現在の中国と言えば「愚公山を移す」という今では通用しない言葉をもちだし
てまで愚行に励む毎日です。
愚行だろうが愚公だろうが山は移せる、しかしそれは大抵の場合間違った方向でし
かないことに中国は早く気が付かなければまた同じ過ちを繰り返すだけになるでしょう。

 豪傑君に代表されるいわゆる大陸浪人、志士、壮士と呼ばれる人達の活動の
背景には、

「中国(清)はヨーロッパの進出に対してなんら有効な対応ができておらず、将来的に欧米の植民地になるだろう、そうしたら属国状態の朝鮮もあっという間に植民地化されるだろう。そうなったら次は欧米諸国が日本に一気に圧力をかけてくるだろう。そうなる前にこちらから大陸へ向かい出て欧米諸国の植民地化を防ぐ活動をしよう。」

といった考えが多かったであろうことは、玄洋社、黒龍会、宮崎滔天等の活動を調べればなんとなく分かってきます。

そしてこの活動はこの本の出版から数年~数十年の後に幾つかの成果をもたらしましたが、そういった成果を現在の歴史教育で知ることは中々難しいことのようです。そういった成果を得る前の日本の状況を知るにも良い本です。

 しかしながら結果としては日本は植民地を持ち、アジア各地が戦場になり
多くの犠牲者をだしたのもまた事実です。実際に被害を受けた人に「これを永遠
に憎み、永遠に許さず、この無念を次代に引き継ぐ」という思いにさせたのも
事実です。こういった犠牲者には「アジアの欧米諸国による植民地支配からの
解放」、「アジア諸国の連立」といった大義名分など何の説得力も持ちません。
親、子供、親類、親しい人を殺された、生活の基盤を奪われた、そういう人に
とっては被害を受けたという事実が全てであり、大義名分など何の慰めにもなり
ません。
加害者の無自覚、傲慢さは今なお別の活動で続いたままです。

 教科書では教わらない事実を知ることはとても大事ですが、同時に多くの無名
の犠牲者の気持ちを忘れてはならないことも大切です。

 若干話がずれてきたので本書の内容に戻ります。本書は国防以外にも多くの
分野に関する様々な考察は当時の日本を知るには良い資料になります。

 内容の一部に進化論に対する誤解や、世界の情勢に対する事実誤認が幾つか
あるようですが、その辺については原文に詳しい注、解説がついてます。

以下にこの本の出版前、数年の間に日本やアジアでの幾つかの出来事と著者
についてのリンクを載せておきます。

 

中江兆民
https://ja.wikipedia.org/wiki/中江兆民

1881年にハワイの国王がアメリカの進出を抑えるために皇室とハワイの王室との
婚姻関係、そして日本人の移民の要請をしたこと。

1884年~1885年、ベトナムを巡るフランスと清の戦争

1885年。朝鮮開化派のクーデター。甲申政変。

1885年。朝鮮開化派の支援のためのクーデター未遂事件。

1886年。日本人に人種差別問題への強い関心を引き起こしたノルマントン号事件。
.
.
.
.
 
 

2015年7月24日 (金)

昨日の帰宅時ほか

7月23日帰宅時2カメラ

岩手銀行ービッグハウス

時報に合わせトランク開閉
トランク開閉時に12日は車、22日は子供が通過というのも当然計算された行動。

食事の仕度開始直後から

ゴミ捨て ストーカー

不自然な車のだしかた
.
.
.
.

2015年7月20日 (月)

安全保障関連法案通過

安保法案特別委採決 自民「瑕疵はない」VS民主「政権政党として恥ずかしい」 与野党幹部が“舌戦”

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150715-00000603-san-pol

 戦後の政治の場はほとんどプロレスに等しいと知ってからは
あまり現在の政治に興味はなくなりましたが、近代史を調べる
うえでは多少は知っておかないこともあるので一応記事は目を
通しましたが、法案通過に関しては特に意見はありません。

 個人的にはアメリカ軍の日本からの全軍撤退が何時になるの
か、日本の政治家で誰が公の場ではっきりとそれを口にするの
かということに興味があります。
 ただ、今の政治家で命を懸けて正面から物を言える人はいな
いようなので当分先のことではあると思いますが、それでも国民
一人一人がそういう気持ちを強く持つことが必要ではないでしょ
うか。
今の日本の政治家は裏工作だけ一生懸命して表ではタコ踊り
してれば良いと考えてる人物しかいないように思えます。

 上記リンクを読めば、その思いをますます強くすることは間違
いありません。
沖縄の人たちが1950年代にボリビアやブラジルに強制移住
させられていたことはこれを読んで初めて知りました。
 教科書にこのことが載ってないのは日本政府もアイヌ人に
対し同様なことをしていたからなのかそれとも他に理由があ
るのかどうか分かりませんが、沖縄の人のみならず日本人
全員が知っておかねばならない事ではないでしょうか。

 下記リンクには沖縄の移民に関する年表が載ってます。
(1950~1974)

 なぜボリビアやブラジルなのかは薄っすらとはその理由に気づいて
いますがここには記しません。
本当の理由を知ったらその時は日本国民はアメリカ政府と世界の
狂いっぷりを知ることになるでしょう。
そしてレイ・ブラッドリが「アース・メン」で描いた世界がすでに現実の
ものになっていたことも知ることになるでしょう。
さらにはブラッドベリも狂った側の一員でしかなかったことも知ること
になるに違いありません。
.
.
.
.

2015年7月15日 (水)

ユーチューブの異常

 余程、都合が悪いのか数日前からユーチューブに動画をアップしても
なかなか処理が終わらないようになってます。
数十分の1080p,MP4の動画は大抵アップロード終了後、1時間ほどで
処理が終わり公開になってたのに、今では半日経っても処理が0パー
セントのままです。

 午前に昨日の外出時の動画をアップしましたがまだ公開状態になりません。
もうしばらく時間がかかりそうです。
.
.
.
.

2015年7月 9日 (木)

endou

 最近載せたばかりの動画をなぜ載せるのかと思う方も多いでしょうが、
頭がおかしいうえにしつこい連中に対抗する方法の一つであるという
ことで納得していただければなと思ってます。
.
.
.
.

2015年7月 7日 (火)

従兄の失踪と叔母の死

母方の2つほど年上の従兄の失踪と叔母の死

 従兄が失踪しもう20年以上になります。当時は彼の父との
関係が原因かと思ってましたが、やっと自分の周辺に起こっ
ていることが本当の原因であることに気が付きました。

 小学生のころは毎年父方の実家、母方の従兄を訪れ、時
には泊まることもありました。父方の従兄と違い、母方の従
兄は同じ歳の従兄もいたし他も歳が近かったのでよく一緒に
遊んだものでしたが、僕が中学に入ったころから疎遠になっ
てしまいました。

 それから数年経ち、僕が高校卒業の年に久しぶりに従兄
が盛岡に来て服を買ってくれることになりました。
彼は当時、某DCブランドでパタンナーとして働いていたよう
で小学生のころの暴れん坊な印象からとても人当たりの良い
人間に変わっていました。

 これをきっかけにまた会う機会が増えるものと思っていまし
たが、暫く経って仙台に引っ越した僕に母から従兄が失踪
したと連絡がありました。当初は冒頭で触れたように彼の父
との関係が原因だと思っていたので、彼の父が亡くなるまで
は姿を見せないのだろうと思っていました。

 しかし、彼の父の死の連絡が届いた後も彼の消息は不明
なようで、残念としかいいようがありません。
大分時間が経った今でもふと彼のことを思い出すことがあり
、そのたびにいきなりでもいいので連絡が来ないかな、など
と思ってます。

***************************

 昨日は母方の叔母(僕の母の姉)の命日でした。
連絡が来たのは夜中12時ころ。一番年上の従姉からでした。
そして彼女の話を聞いてすぐ不信感でいっぱいになりました。
なぜなら叔母が亡くなったのは早朝6時ころとのことだったか
らです。

早朝6時に亡くなってるのになぜ最初に連絡すべき所へ連絡するのに
夜中までかかるのか?
誰もがそう思うはず。

 叔母は僕の母との二人きりの姉妹で両親はすでに30年以上
前に他界しています。
連絡するなら僕の家に最初にするはずですが、亡くなって半日
以上経ってからの連絡はどう考えてもおかしいとしかいいよう
がありません。

 叔母の死の数か月前に彼女(従姉)と母の入院先で久しぶりに
あった時に感じたのは妹と同じ感じになったな、つまり洗脳された
感じになったなとは思ってましたが、まさかここまで酷いとは思って
もいませんでした。

 今では自分の周りで何が起きてるのか、自分が何をされてるの
か分かってきましたが、彼女も妹同様何が起きてるのか気が付い
てないし気づこうともしてないのは残念で仕方ありませんが、僕一
人で何を話しても無駄な精神状態になっているので、彼女に事実を
伝える気はありません。彼女は自分が何をされてるのか気が付か
ないまま一生を終えるでしょう。
でも知らないでいるのが彼女にとっては幸せなことなのかもしれません。
.
.
.
.
 

2015年7月 2日 (木)

夜食事の動画のグラフ化

 夜食事の動画のグラフ化です。昼間のものよりは分かりにくいですが、
他の動画もグラフ化すればするほどストーカー行為の実態が分かります。

2015年6月1日
201561

2015年6月2日
201562_b

2015年6月3日
201563

2015年6月4日
201564_b 2日と3日はそれぞれ前日の食事の仕度開始時間の少し前に先読みして
車が通過したり照明が点灯したりというのが分かります。
4日は前日より早い時間に仕度を始めたのでちょっと違いますが、他の
夜食事の動画のグラフ化をすればやり方がパターン化されていることが
分かるはずです。

 夜はカーテンを閉めてるから車の通過や照明は関係ないと考える方も多い
と思いますが、加害者側は僕が映像を後で見るということ、さらに以前してた
ように僕が夜間に外出する可能性も踏まえてやっているのだと言う見方も
あると僕は考えてます。

 そしてこれをやったからと言って何なの?という意見も多数あると思いますが、
僕にも加害者の意図はよく分かりません。せいぜい僕を不愉快な気にさせる
ためにやってる、ということくらいしか思いつきません。

 ついでに加えておくと、加害者の行動は昼夜関わらず秒単位です。証明は
可能ですがめんどくさいしそこまでやってることを分かってもしょうがないので
興味のある方にその辺はお任せします。
一つだけやってることを言うと、隣家の出入、車や歩行者の通過、照明の
点灯、消灯のタイミングはかなりの頻度で分の変わり目が多いということです。
それは動画を調べればすぐ分かります。

グラフ化した動画
.
.
.
.

2015年7月 1日 (水)

食事時の動画のグラフ化

ストーカーの様子が目で見て分かりやすいように動画をグラフ化しました。

 以前もこのブログで触れましたが、食事の仕度を始めるとなぜか隣家の住人が
出入を始めたり、郵便配達が付近を回りだしたりといったことに気が付いたのは
実家に戻ってきて間もなくの7年ほど前のことでした。
食事の仕度開始前にカメラの前に仕度開始します云々といった内容の紙を映す
ようにしたのは何とかこれを他の方にも分かってもらえるようにと思ってのことです。

 2012年が最も分かりやすいのはまだ僕が嫌がらせの証明をできないだろうと加害
者側が思っていたことが大きいかと思われます。
ただ、今でも時々とても分かりやすいようにやることがあります。

 食事開始時間が後にずれるにしたがって隣家の出入も変化しているのが分かります。
2015年がわりと万遍なく出入があるのは僕が食事の仕度開始時間を変えるのを警戒し
ているからだろうと思われます。
他の食事時の動画をグラフ化してもほぼ同様の結果が出るはずなので、興味のある
方は試してみてください。
また、隣家の出入の他の歩行者、自転車、バイク、自動車、トラックの通過を加えると
より分かりやすいと思う方もあると思います。僕は面倒なのでやりませんでしたが、
統計好きな方はその部分も加えてみてください。
隣家、近隣住人、郵便配達、皆ストーカー行為をしているのが分かります。
 仕度開始前の紙には「車での出入り」と書いてますが、この紙を映し出して間もなく
徒歩で外出がふえました。ただ訂正すると加害者側が対応してやり方を変えると
思ったのでいままで紙を書き換えずにそのままにしてきました。
今日以降はまた少し対応を変えてくるということも出来れば記憶に留めておいてください。
というか、グラフ化した動画をアップしたころから少し対応が変わってきてます。
下にグラフ化した動画を載せてます。

2012年6月の第一土曜日(午前10時~午後2時)
20126b

2013年6月の第一土曜日(午前10時~午後2時)
2013b

2015年6月の第一土曜日(午前10時~午後2時)
2015b
画像が小さくて分かりにくいという方は動画をご覧ください

・2012年、2013年、2015年の6月第一土曜日、午前10時から午後2時まで。

・赤い横線が食事開始から食後までの平均時間として30分、
 (2015年は残り10分が2時を過ぎるのでカット。)

・オレンジの横線は郵便配達が南西斜向かい前から南隣まで配達し終えるまでのもの。

・過去の食事時の動画(再生リスト「食事時」で確認できます)を見ればそれぞれの
 その時期に同じ時間帯に食事の仕度を開始していたことが分かります。

グラフ化した動画
2012年

2013年

2015年

以上の3本の動画を時間を合わせて一画面にまとめたもの。
.
.
.
.

« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »