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2013年8月 6日 (火)

コードウェイナー・スミスは宗教の信仰者じゃなかった?

 今年はコードウェイナー・スミスの生誕100周年ですが、日本ではスミス唯一の長編
「ノーストリリア」以外の3冊の短編集は絶版になっています。今年は復刊にいい機会
だと思っていますが早川書房のホームページを見る限りその動きはないようでとても
残念です。そういった状況ですが、今日は広島への原爆投下の日であると同時に彼の
命日でもあるので、あえてコードウェイナー・スミスという類まれなるSF作家の作品
の復刊を願い、主に「宗教」という視点から彼の作品を紹介します。

 本題の前にスミスの作品について少々。

 スミスの作品はご存知の通りSFと呼ばれる文学ジャンルに属するもので、あらゆる面
で現実の世界とは大きく異なった世界や人間、他の生物が描かれています。そのため、
広く多くの人たちに受け入れられる作家ではないかもしれません。
個人的にスミスの作品を気に入りそうな人は、

・SF、ファンタジー、世界各地の神話、民話、伝説のファン。
・歴史、世界史、特にスミスの生きた20世紀前半から半ばにかけての国際政治状況や
 戦争、人類の文化、文明に興味のある人。
・宗教や哲学、人類文化学などに興味のある人。
・長期的な人類の歴史、文化、生物学的な進化、それらの未来に興味のある人。
・文学における暗喩に興味のある人。

 以上の幾つかが当てはまる人はスミスの作品を気に入るんじゃないでしょうか。
逆に恋愛物(スミス作品には少ない)や、基本的に現代の世界、日常生活に基づいた人間
関係の物語や、生々しいセックス描写などを求める人には向かないと思います。

 作品のほとんどは彼が創りあげた人類、地球、宇宙の壮大な未来史からのエピソード
といったかたちで語られます。
 その世界ではインストルメンタリティ(人類補完機構)という組織の治世の下に人類が
生活をしています。労働、犯罪、病気、貨幣は存在しません。宗教も読めば存在しないと
分かりますが、なぜか解説では宗教があることになってます。
人間以外に動物を人間に改造した“下級民”も生活しています。彼らは人間の代わりに
労働を請け負っています。人間と下級民の間には差別(意識も制度も)存在します。
人間も下級民もテレパシーを用いて会話をします。

 ここまで読むととっつきにくそうな世界だと思うかも知れませんが、スミスの作品の
多くは彼が生きていた時代の政治状況や出来事を未来の話として置き換えたものが多いよ
うなので、歴史や国際政治に詳しい方であれば何を題材にしているか分かる作品も結構ある
かもしれません。

 解説には中東情勢の政治状況を置き換えた話がでてきますが、僕にはどれかは分かりません。
僕がなんとなく作品のソースが分かったのはまだ2つ3つといったところです。

 勿論、そういった知識が殆ど無い人でも楽しんで読めるものも多い、とも思います。

 スミス作品のその他の特徴としては、オカルトに近いというか当分実現は難しそうな
科学技術の利用、時折見られる人体のグロテスクな描写や詩、歌詞の挿入、哲学的な会話など
があげられます。

 本題に入ります。先ず、短編集「鼠と竜のゲーム」のジョン・J・ピアスによる序文から。

 ラインバーガーは、英国国教会高教会派の一家に育ち(彼の祖父は聖職者だった)、宗教的
な信仰は厚かった。“インストルメンタリティ”という言葉には明らかに宗教的な含蓄がある。
ローマ・カトリック教会や英国国教会の神学によると聖餐式(サクラメント)をとりおこなう
僧侶は、主なる神の“媒介者(インストルメンタリティ)”なのである。
「第81Q戦争」を書いた当時、若いラインバーガーは共産主義にかぶれていた― やがてかれの
父は、十八歳の誕生祝に息子をソ連旅行に送り出すことによって、この傾向を治療してしまった。
しかし、共産主義が訴えかけた使命感と歴史的運命に対する確信は、終生彼の心から離れなかった。

 スミスの日本版の翻訳者である伊藤典夫、浅倉久志両氏も解説やあとがきにおいて同様の
主張をしています。ウィキペディアや彼に関する海外のホームページを読んでも同様のこと
が書かれています。

 本当にスミスは信仰心に篤かったのか?

 彼の作品を読めば読むほど僕には「それは嘘だ、スミスは作品中で何度も宗教批判をしている」
との想いが強まってきます。

 スミスの作品は暗喩が多く本当の意味を知るのにとても苦労します。宗教に対する批判も分か
りやすいものはありません。なぜ分かりにくい方法なのかというのは、以前ブログ記事

http://qdbp.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-15f3.html

にて
資本主義vs共産主義の本質は経済システムの争いではなく宗教に関する争い、

 宗教(資本主義)vs 無心論者、無宗教者(共産主義)

といった内容のことを書いたことがあります。
資本主義(国家、者)が恐れているのは経済システムとしての共産主義ではなく、マルクスの
無神論者としての側面に影響を受けた人が増えることを恐れたため、そういった対立構造が出来
あがった、そういった宗教関係者の恐れが赤狩りや集団ストーカーといった活動にもつながり
現在も見えないところで毎日そういった活動が行われているということです。

  ただ、目に見えないと言っても、それが集団ストーカー行為と多くの人が気が付いてない
だけで、仄めかし行為は多くの人がそれと気つかずテレビや映画、ラジオ、雑誌などで
見聞きしているはずです。

 その辺を考えればスミスが初めて作品を発表した1950年はマッカーシーによる赤狩りの最盛期でもあり、また
アメリカ軍で大佐にまでなった彼自身が宗教を批判する作品を発表することは非常にリスクが
伴うことだったと想像するのは難くありません。

 赤狩りが批判をあびて(表立った)活動を止め、マッカーシーが亡くなった後も、公の場での宗教批判は
かなり大きなリスクを伴うものだったはず。現在も見えない圧力、法に触れないやり方で相手を心理的に
追い詰める、いわゆる集団ストーカーや犯罪行為によって宗教批判者を追い込む活動は続いています。

 そういった事情もあり、彼の作品中における宗教批判は分かりにくい表現になっていると僕は
思っています。

 唯一ともいえる直接的な批判が彼の遺作「老いた大地の底で」(Under Old Earth)に見られます。

 人間の心のうちから噴きあげるのっぴきならない力には三つの種類がある。
信仰心、復讐をはらんだ虚栄心、それに純然たる悪徳で、このどれかによって可能にならなかった
行為は歴史上ひとつもない。

 In all the history of man,there was no act which could not be produced by any one of
the three bitterest forces in the human spirit ― religious faith,vengeful vainglory or
sheer vice

 翻訳は日本語版からです。訳者の伊藤氏は“bitterest forces”を“のっぴきならない力”と
訳していますが、原文の最上級を用いた批判的な文から考えるとあまり悪いイメージではない言葉
を選んだようにも思えます。“religious”を訳さず“信仰心”としたのも、それ(faith)だけで宗教的な
意味をもってるから敢えて訳さなかったともとれますが、それならなぜスミスがわざわざ“religious”
という単語をつけたのか考えれば個人的にはきちんと“宗教的な信仰心”と訳すべきだったと
思ったりもします。また“bitterest forces”も個人的には“もっとも忌まわしい力”とか“もっとも冷酷な力”
といった訳がふさわしい気がします。

 なぜ批判的と言うよりは曖昧な印象の訳になったのか?
・伊藤氏が宗教関係者で宗教のイメージ悪化を防ぎたいから。
・伊藤氏が宗教関係者で宗教のイメージ悪化を意識せずたんに翻訳に集中した結果、この訳におさまった。
・伊藤氏は宗教関係者じゃないが、宗教のイメージ悪化を促す訳をすると、自分の身が危うくなるから。
・伊藤氏は宗教関係者じゃないが、宗教のイメージ悪化を意識せずにたんに翻訳に集中した結果、この訳
 におさまった。
・上記4つのいずれでもない。

<2013年12月4日追記>

・意図的ではない誤植。
・意図的な誤植。

本人は『宗教的』と訳したが出版社の方で削除した可能性もあるとは思いますが、
やはり自分の推測としては最初に書いたものと変わりはありません。

―追記ここまで―

 大体このような理由が考えられますが、個人的には最初の理由な気がします。

<2014年2月21日追記>

翻訳者の伊藤氏に関する文章の一部を取り消します。上記に関しては軽率な部分
があったことをお詫びして訂正します。


 話が少しそれますが、海外作品の解説やあとがきにはそれとなく宗教の擁護的な文章や、神の存在の
肯定を思わせる、または読者にそう思わせたいかのような文章を見ることがあります。日本の翻訳業界も
宗教関係者に占領され、作品のあとがきや解説等で宗教の印象アップのために作品の解釈のミスリー
ドするような文章をあちこちで書いているのかと思うとうんざりした気分になります。
文学や音楽といった趣味の領域で潜在的に信仰心を植え付けるような工作は至るところで行われ、年々
激しくなってきているような気がします。テレビや雑誌の占いコーナーについては分かりやすいと思いますが、
こういった個人の趣味の分野では知らず知らずのうちに潜在的な信仰心や、迷信を信じる心を植え付けら
れているかもしれないことに多くの人に気がついてほしいです。

 話を戻します。スミスの複数の作品中において、「神とは何?」といった内容のセリフがでてきます。
僕にはその言葉がスミスからの読者への問いかけのようにも感じます。それくらい印象に残る言葉です。

 その他、「ナンシー」(Nancy)という作品では“ソクタ・ウィルス”という、宇宙飛行士の脳に埋め込まれ
た薬がでてきます。以下若干ネタバレ含みます。

 この薬は任務である宇宙航行中に孤独に絶えられなくなった時に船内のスイッチを押せば、活性化され
その作用でナンシーという女性が出現し、飛行士を孤独から救ってくれます。
ただそうしたことにより帰還後はソクタ・ウィルスを使用しなかった人間と昇進の差がつけられてしまいます。
勿論悪い方にです。以下作品より。

自分がくるっているのは知っていた。救いようもなく狂ってる。
ナンシーはいないし、いたためしなどないことは百も承知していた。
こんな仕打ちをするソクタ薬を憎んでもいいはずだが、薬にはそれなりの救いもあった。

 これを読むと宗教にはまりかけの人間の心理状態を思い浮かべます。
宗教と距離をとっている人ならば、僕と似たような感想になるようにも思います。

 スミスはソクタ・ウィルスを迷信を信じる心、そしてナンシーを宗教の暗喩として
描いている、そんな気がします。あくまで個人的な解釈ですが。

 こういった内容の物語、文章は宗教の信仰者にはなかなか書けないことじゃないでしょうか。
ただ、宗教にはまってる人間が上の文章を読んで僕と同じように思うのかどうかは分かりません。

 僕達の暮らす現代社会においては、この作品とは逆に神だの天国だの地獄があるとか見えると言い張る
連中のほうが権力を奮い、その中でも権力に近い人間は僕らよりも良い、楽な生活を送っています。
この作品はスミスが現状と逆になってほしいと願って書いたのではないでしょうか。

 以上のことから「ナンシー」は個人的には宗教がメイン・テーマの作品だと思っています。
数は少ないと思いますが、他にも密かに宗教がテーマの作品があるかもしれません。

 ちなみに“ソクタ・ウィルス”の“ソクタ”は作品中にて古代コリアの言葉で「多分」という意味と書かれて
いますが、韓国語で“ソクタ”を調べたところ、
1・腐る
2・死蔵する
3・埋もれる
という意味なようです。

 「多分」は“アマ”という発音のようです。
“ソクタ”の意味を見る限り、スミスはわざと間違った意味の単語をを用いたような気がしますが、真実はどうか分かりません。

 SFというジャンルの性格上、また、少し前に書いた資本主義vs共産主義の世の中のという事情もあり、結局
スミスは正面から誰にでも分かるように宗教を批判する作品は書きませんでした。
(僕が知らないだけでそういった作品があるのかもしれませんが・・・)
けれども最初に書いたようにスミスの作品を幾つか読めば、彼が宗教の信仰者ではない、宗教に対し批判的
な人物であることが分かります。
 それでもなお、作品のあとがきやネット上のレヴューなどでそういった事に言及している人がいないのは、
そういった事を書くと社会的に落伍者にされたり、危険人物として扱われる世の中だからではないでしょうか。
残念ですが、今は見えない圧力をかけてくる連中のほうが幅を利かせている、そういう世の中だということです。
ついでに2ちゃんねるのスミスのスレッドもカルト臭い人の書き込みが多く、非常に残念です。

 以上、あまり推敲しないで書いたのでめちゃくちゃな文章な気もしますが、興味を持たれた方は古本屋でも回って
スミスの本を探してみてください。
こういった趣味の領域のものに無理矢理勧めるようなことや「マスト」とか「全人類必読」みたいなことは言いたくない
し言う気もありませんが、それでもより多くの人に興味を持っていただければ幸いです。
そして今年は無理かもしれませんが、来年にでも絶版中の3冊の短篇集が復刊されることを願っています。

 またこの文章を読んで、今までスミスを信仰者だと思っていた宗教関係者のスミスファンが、スミスを
嫌いにならないよう願っています。

コードウェイナー・スミス(1913年7月11日ー1966年8月6日)

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